横山裕の母の告別式の様子、弟とのエピソードや血のつながりは?

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関ジャニ∞の中でもかなりの明るいムードメーカータイプで、

トーク力も高いためにバラエティ番組で大活躍の横山裕さん。

とても彼の姿からは想像出来ませんが、実は壮絶な人生を歩んできているらしく、

2010年には、彼がソロライブを開催している最中、

最愛の母が急死するという悲劇にも見舞われているそうです。

そのためか、母の名前や命日、当時の新聞記事、スーパーで倒れた出来事など

いろいろ気にしてネット検索されている人が増えているみたいですね。

そこで、彼の波瀾万丈の人生や、彼の母の死にまつわる話に触れていきます。

 

 

 

【横山裕の波瀾万丈の人生】

 

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関ジャニ∞の中でも時にはムードメーカーのように場を盛り上げ、

時には子供のように無邪気に振る舞いながらも、

他のメンバーを盛り立てている元気ものという印象が強く、

その彼の性格が好きというファンも多いようですね。

 

しかし、それは彼のここまでの壮絶な人生の裏返しとも言える行動であって、

決して根っからのムードメーカーというわけではなかったみたいです。

 

彼は幼少期に両親が離婚し母に引き取られます。

 

その後、母が再婚し彼に新しい父が出来るわけですが、

何かとこの父とそりが合わず、

何かにつけて父から暴力を奮われるようになるのです。

 

血がつながってはいないと言っても我が子のはずなのに、

棒で叩くなど暴力を奮うなんてなかなか考えられないことですが、

血縁関係が無ければ可愛く思えないというのも

人間心理なのかもしれませんね。

 

そのこともあって、横山さん一人だけが、祖父のもとに預けられ、

母が再婚後に生まれてきた弟達は、

新たな父のもとすくすくと育ったそうです。

 

横山さんにとって大事な母を再婚相手に奪われ、

たった一人祖父のもとに預けられるわけですから、

相当傷ついていたと思いますよ。

 

しかし、彼は、その不遇も受け入れて、

弟達のために一人我慢して祖父のもとで暮らすわけ。

 

本当に涙なしでは語れない話です。

 

結局、横山さんの母は、再婚相手とうまくいかなかったのか

離婚することになります。

 

そして、その頃に母方の祖父が亡くなり、

再び母子家庭として暮らす事になります。

 

当然、母一人では、なかなか裕福な暮らしをさせてあげることが出来ず、

横山さんが中学の頃に、バイトして生活費を入れるということも

されていたそうです。

 

そして、日雇いの肉体労働をしながらジャニーズに入ることになったわけですが、

そんな苦労をしてまで母や家族を支えようとしていた横山さんにとって、

さらなる追い打ちとなる悲劇が訪れるのです。

 

 

それは2010年5月16日のこと。

 

誰よりも大好きであった彼の母親が、

急に倒れ帰らぬ人となってしまうのです。

 

それも彼がソロ・コンサートしている最中にこの悲劇が訪れたというのですから、

こんなにつらい話はありませんよね。

 

普段バラエティでは、何かとおちゃらけながら、

トーク術を巧みに生かして場の雰囲気を盛り上げておられますが、

幼少の頃から苦労と悲しみを背負い続けてきた方だということが、

この話で改めて痛感したような気がしますね。

 

 

 

【母の告別式に訪れたモラルの無いファンたち】

 

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母が急に倒れて帰らぬ人となり、悲しみの中でソロ・コンサートを終えて、

17日の通夜には横山さんが参列、

18日の告別式には関ジャニ∞のメンバーたちも参列したそうです。

 

きっと悲しみに打ちひしがれている横山さんを何とか支えてあげたい一心で、

彼の母の告別式に彼らは参列したのでしょう。

 

しかし、そのことが、さらなる悲劇を生んでしまう結果となってしまいます。

 

実は、横山さんの母の告別式に、

関ジャニ∞のメンバー達が参列するという情報を、

どこからか聞きつけた女性ファンたちが、彼らが出てくるのを待ち伏せし、

告別式の会場前で騒いでいたらしく、

ときおり黄色い声援まで上げていたというのです。

 

人として全くモラルに欠けた考えられない話ですよね。

 

しかし、KY女子達は、ただ彼らに会いたい一心で

告別式という悲しい場で黄色い声援を送ってしまったのでしょう。

 

これには、横山さんもブチ切れてしまい、

『何考えてんねん!!』と詰め寄るシーンも…

 

幸い他のメンバーたちがなだめて何とか場が収まったものの、

本当に常識はずれのKY女子たちですね。

 

この一件もあって、悲しみを拭えないまましばらく時は過ぎていきますが、

関ジャニ∞のメンバー達が、横山さんとは家族にならなアカンと言って、

葬儀後も丸山さんの家に集まって話し合っていたそうです。

 

母の死という最悪の悲劇を受けた横山さんですが、

彼は一人では無く、多くの仲間がそばにいるのですから、

きっとこの悲しみも乗り越えてくれることでしょう。

 

ある意味こういう大切な仲間がいるということは羨ましい限りですね。

 

 

 

【横山さんの母の名前、死の原因・状況は?】

 

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横山さんの母の名前は、ミナコさんと言うらしく、

彼女が健在の頃は、何かと横山さんが母のエピソードをネタにして

笑いのネタにしていたそうです。

 

ある意味、馬鹿にした話にも見えるかもしれませんが、

それだけ母のことを好きだったということなのでしょう。

 
:
さて、横山さんの母が亡くなった原因・状況に関してですが、

それは、大阪城ホールで横山さんが出演しているLIVEを見に行っていた

1か月後のことだったそうです。

 

横山さんは、この大阪城ホールのLIVEで、

オニギシという母に向けた楽曲を歌い、

今までの感謝の気持ちを照れながら伝えていたらしく、

そのことで、母からも『ありがとう』と電話もあったので、

元気に暮らしてくれていると思っていたことでしょう。

 

そのエピソードも朝日新聞の『何話そっか』という企画の記事にて

掲載されていたそうです。

 

なんとも微笑ましい話ですよね。

 

一方、彼の母も、何気なく普通に日常を暮らしていましたが、

1か月後の2010年5月16日スーパーで買物をしている最中に、

突然倒れてしまい、そのまま病院に搬送されるものの、

時すでに遅く、病院に到着した時にはすでに心臓も止まっていたそうです。

 

結局懸命な治療もむなしく、彼女は息を引き取られたそうです。

 

病名は、虚血性心疾患でまだ50歳と若くして亡くなられたというのですから、

横山さんにとってはやりきれない話ですよね。

 

命日は、先ほどからもお話しているように5月16日。

 

この日は、横山さんにとって一生忘れられない日となることでしょう。

 

 

 

【結論】

 

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横山裕さんが、大阪城ホールに来た母とのエピソードを、

朝日新聞の『何話そっか』というコーナーでコメントした約1か月後、

母がスーパーで倒れてしまい、そのまま帰らぬ人となってしまいました。

 

 

母の再婚後、父に暴力を振るわれ、

ただ一人祖父のもとに預けられるなどの不遇を受け続けてきた横山さんでしたが、

そんな環境下の中でも母のことは大好きだったそうですし、

1ヶ月前は元気だったはずの母が死ぬなんて考えられないことだったでしょうね。

 

母の命日は2010年5月16日。

 

告別式には他のメンバーも参列し悲しみの彼を支えていたとか…

 

いろんな意味で横山さんにとって忘れられない母の命日となりそうですね。

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